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大阪高等裁判所 昭和30年(う)2494号 判決

控訴人 被告人 太田進

弁護人 野瀬長治

検察官 黒田静雄

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役壱年に処する。

但し本裁判確定の日から参年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、本判決書末尾添附弁護人野瀬長治作成の控訴趣意書記載のとおりである。

控訴趣意第一点について、

原判決の挙示する証拠によると、原判示の金井甚太郎が、小林与助に対し居村の三野常夫ほか二十名の所有する元区有林立木の売渡を周旋し、山林代金として金二十五万円を受け取り、被告人は、小林から伐採搬出を請負い、架線等の準備前貸金として小林から金五万円を受け取つたうえ、右の金井から、前記二十五万円中同人の利益金五万円及び山林所有者一名分の代金一万円を差引いた残額十九万円を預り、前記三野常夫ほか十九名の山林立木代金として支払うことを委託されたところ、被告人は三野等が被告人と同じ部落に居住しているにかかわらずその支払を為さず、右の山林立木代金十九万円を自己に領得する意思をもつて、その二、三日後である昭和二十九年九月九日頃の夜、前記の前借金とともに金二十四万円を持つて家を出て宮津市へ行き、その後三重県下、大阪、京都等を転々し、全部費消したのち、居村に舞い戻つて来た事実を認め得られる。そうすると、被告人が金井甚太郎から委託された山林立木代金十九万円を横領したことになるのであつて、本件において実質的に損害を受けたのは小林与助であることは所論のとおりであるが、原判決が金井との委託関係において横領罪が成立すると認定したのは正当である。論旨は理由がない。

同第二点について、

所論は要するに、本件起訴状第一の事実は、被告人が(一)金井から預つた山林立木代金十九万円、(二)小林から預つた立木伐採搬出に要する諸道具の借賃金五万円合計金二十四万円中九万円を着服横領したというのであるにかかわらず、原裁判所が、訴因変更の手続を経ることなく右(一)の金額全額について横領罪を認定したのは、起訴事実の範囲を越えて事実の審判をしたものであつて、審判の請求を受けない事件について判決をしたものであり、(二)の金員について何らの判断をしていないのは、審判の請求を受けた事件について判決をしなかつた違法がある、というのである。

刑事訴訟法第二百五十六条第三項において「公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない」と定めているのは、公訴犯罪事実が法律的にどのような形に構成せられて審判せられるかという具体的構成要件事実を示すことによつて、裁判所に対しては審判の対象に限界をつけるとともに、訴訟当事者に対しては攻撃防禦の目標と範囲とを限定するためにほかならないから、訴因の追加変更手続の目的は、訴訟の発展段階における審判の対象としての訴因の変化を明示し、よつて訴因の拘束力をその変化に順応させるとともに、訴訟当事者に新たな攻撃防禦の機会を与えるにあるといわなければならない。従つて、訴因の横領を詐欺と変更するように、犯罪の抽象的構成要件すなわち各罰条の類型的構成要件に変更を来す場合には、訴訟当事者の攻撃防禦に実質的な不利益を及ぼすか否かにかかわらず訴因の追加変更を要するし、右の場合に当らなくても、訴因の追加変更が訴訟当事者の攻撃防禦(主として被告人の防禦であるが、裁判所が検察官の思いがけない方向に訴因を変更する場合をも含めて解釈する必要がある)に実質的な影響を及ぼすおそれのあるときには、訴訟当事者にあらかじめ警告を与えなければならないから、ひとしく訴因の追加変更の手続を採ることを要すると解するべきである。結局その要否の標準は、刑事訴訟におけるフェアープレーの原理の要請するところに従つて判定せられなければならないと考える。

本件起訴状によれば、第一事実として「被告人は、昭和二十九年九月七日頃、京都府与謝郡伊根町字本庄上一二六〇番地金井甚三郎(甚太郎の誤記)方において、同人より三野常雄外約二十名に対する立木売却代金支払のため、現金十九万円、又小林与助より立木伐採搬出に要する諸道具の借賃として現金五万円をいずれも預り保管中、同年四月十三日頃、大阪市西成区津守町東四丁目一四一番地飲食店池田ワキ方その他において、遊興飲食費その他自己の用途に充当するため、内金九万円をほしいままに着服して横領し」との訴因が記載せられていて、審判の対象は、(一)金井から預つた山林立木代金十九万円と(二)小林から預つた伐採搬出の諸道具借賃金五万円の二口合計金二十四万円中九万円を九月十三日頃大阪市において着服横領した事実である。これは、被告人が三重県下へ行く汽車中において金二十四万円中十五万円を盗まれたのちにおいて領得の意思を生じたという弁解に基き残額九万円の着服横領として起訴したものである。これに対し、原判決は「昭和二十九年九月九日ごろ、京都府与謝郡伊根町字本庄上七五三番地の住居で、二、三日前から、金井甚太郎の依頼にしたがい、同字に住む三野常夫に渡すため、金一九〇、〇〇〇円を預つていたのをよいことに、同住居から他の府県に出向くにさいし、ほしいままに全額をたずさえかいたいした」と判示し、山林立木代金全額につき、九月九日頃被告人の住居から他府県へ出向くとき拐帯横領したと認定したのである。右の判文を起訴状と対照すると、同じ横領罪の構成要件の範囲内に属することは相違ないが、その内容実質において、金員委託者二名を一名とし、従つて委託金二口を一口とし、領得意思発現の態様を着服横領から拐帯横領に、従つてその日時場所を変更したのみならず、横領金額九万円を十九万円に拡張したのであつて、かような変更は抽象的構成要件には変更がなくても、被告人の防禦権の行使に実質的な影響を及ぼすものといわなければならない。従つて、原判決が刑事訴訟法第三百十二条に定める訴因変更の手続を採らないで、いきなり判決において前記のように訴因と異る認定をしたのは違法であるといわなければならない。しかし、所論の同法第三百七十八条第三号にいわゆる「事件」とは、訴因によつて代表せられる公訴犯罪事実を指すのであるから、起訴にかかる事実と、判決の認定する事実とが同一性を失わないかぎり、訴因の変更又は撤回の手続をしなければならないのにこれをしないで審理判決しても、審判の請求を受けた事件について判決をせず、又は審判の請求を受けない事件について判決をしたことにならないのである。本件において、起訴状記載の、被告人が小林から預つた伐採搬出に要する諸道具の借賃」の一部横領の点は、被告人が金井から預つた山林立木代金の一部横領と包括一罪又は想像的競合罪の関係にあるものとして起訴せられているので、その点を無罪としても公訴事実の同一性は害せられないから、原判決が右の点については横領が成立しないものと認めながら、主文において無罪の言渡をせずかつ理由中において特にその趣旨の説明をしなくても、審判の請求を受けた事件について判決をしなかつたことにはならない。また山林立木代金の全額について横領罪の成立を認定しても、被害金額の増額に過ぎず、公訴事実はもとより同一であるから、審判の請求を受けない事件について判決をしたことにはならない。これを要するに、原裁判所が訴因変更の手続をしなければならないのに、これをしないで審理判決をしたのは、訴訟手続上の法令違反であり、その違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点において論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

よつて、量刑不当の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三百九十七条、第三百七十九条に従い原判決を破棄し、検察官の訴因変更の請求を許可したうえ、同法第四百条但し書により左のとおり判決する。

原判決の認定した事実に原判決の掲記する法条及び刑法第二十五条第一項を適用(被告人は第一審判決前に被害金額の一部を、その後において所在不明者に対する分を除き全額の弁償を了し、かつ改悛の情が顕著であるから、刑の執行を猶予するを相当と認める)し、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 松本圭三 判事 山崎薫 判事 辻彦一)

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